ブラックユーモアの世界

2010/01/22

バナナ事件

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

これはブラックユーモアです。

でも、ブラックユーモアではありません。
これは真実の告白です。

小学生になる前のこと。

冬が近いある晩、父が単身赴任先から大きなバナナひと房をお土産に帰ってきました。
寝る前だからと、1本をナイフで半分に切ったものをもらい、ブツクサ言うと「なら、食べるな」と一喝され、しぶしぶ食べました。

私はバナナが食べたくて仕方ありませんでした。
うむむーバナナ・・・
うーん、バナナ~
うお―お、バナナ!

私は、家中の電気が消され、家族が寝静まるのを待ちました。
自分の気配を殺しました。
(寝たふりをしたんですね)

柱時計がたくさん鳴ったとき。
(12時でしょう)
決行のときだ!と起き上がりました。

バナナの在り処は分かっている。
ここだ!
棚を開けると、紙包みにくるまれた大きな房が目の前にありました。

それは、自分の手の中にだけある。
ほかの人はこれに触ることができない。
バナナってこんなに重いんだ。
(これが「独占」という概念を経験した初めての事案だったような)

1本目、口に入れました。(ひと口で3分の1くらいほおばったような気がします)すんなり終わってしまいました。
2本目、ガブリといきました。
3本目、何も考えず剥いて食べました。

3本食べても前と変わらぬ大きさで曲線を描くバナナ。
なんと、心強いことか。
バナナ、エラいぞ。
房の重さを膝と手のひらで感じ取り、さらに口に入れることを決心しました。

4本目、5本目・・・
その後はもう何本食べたか数えやしません。

あ--食べた、と満足したとき、哀れ、バナナの房は房ではなくなり、2本になっていました。

さて、2本だけあったら、あの怖いおかあちゃんは誰かがこれを食べた、と思うだろう。
いっそ全部なくなっていたら、どこかに誰かがバナナを持っていったのだ、と思うだろう。
(知恵が働きます)
誰かがバナナを移した、ということにすればいいのだ。

ぜぇんぶ、食べちゃえ!!
・・・ということで。
最後の1本は口の中に押し込むようにしてしまいこみ、ひと房すっかり姿を消しました。

あれま、皮が残った。
この皮、どうしよう。
居間のゴミ箱に入れたら、どこかに誰かが移したというシナリオがウソになる。
裏口の大きなゴミ箱に入れてしまえば、しばらく誰も気がつかない。

ゴミ回収車が来る日まで家中のゴミを放り込んである大きなゴミ箱に、それらをポイ~っ♪とし、気持ちよく床にもぐりこみました。

――翌朝。
「すずか、すずか、起きなさい」
やわらかい、女性らしい声で目が覚めました。
誰の声だろう?
少し目を明けると母でした。
? ? ?
「口をあけてごらん、虫歯の検査をするから」
あーん
「ぅわああっ! 虫歯だ!」
ひえっ(と飛び起きた私)
「バナナだ、バナナのにおいがするぅ。バナナの菌が虫歯を作ったんだ」(のけぞる母)
ぇへえ?
「バナナ、全部食べたね。アレ、ぜえんぶ、食べたんだね」(顔を近づけてくる母)
あぁぁうぅうう・・・あたしじゃないよ、
「裏口に皮が捨ててあった。そんな知恵が働くのはお前しかいない」
ン?(そうだ、あたしは頭がいいのかもしれないと一瞬返答をためらったので、母は私が認めたと判断した)
「よくもまあ、食べられたもんだ。あーんなに、なんてコだろう」

かくして、私は、いつ何をしでかすか分からぬコ、という烙印を親から押されてしまいました。

今思うと、当たっていますね、その所見。ただし、食べ物に対してだけの執着心ですが。

日本ではバナナがとれず、関税がかけられ、バナナが高級品、珍品だった時代のお話です。

いっそ、ブラックユーモアにしてしまいたいホントのお話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/07

そのお金、あたしのに似ている

久しぶりのブラックユーモアです。

風が強くなるこの時期、思い出すことがあります。

ずいぶん昔の今頃の季節。
JRお茶の水駅でのこと。
自動券売機の前で切符を買おうとすると、ビュ~っと突風が吹いてきました。
かじかんだ指から札が離れてしまったのです。アーっ!!
千円札が飛ばされてふわ~と舞い上がり、それを追いかけて私は両手を挙げたり下げたりして走りました。
しばらくして、すい~っと、お札が地面に降りてきました。
あ、やった、早く取らなくちゃ!
・・・・と、その札をすばやくポケットに入れる人が!

その手の主を見ると、行商のおばちゃんです。
「ア、おばちゃん、その千円札、あたしのなんだけど」
エヘっ? さも驚いたように札を見つめるおばちゃん。

ニッタリ笑みを浮かべてお札を返してくれました。
「あたしのに似てたもんで」

知恵者だったな、おばちゃん。大きな籠に野菜など入れて売りに来ている女性でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/04/22

ナイロビにて:ケニア国立博物館内で

こんにちは! 吉田鈴香です。

今日は、軽めの画像を。

Zebra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/28

京極夏彦のギャグを超える事実

本日ここに記す「ブラックトゥルース」を、私は京極夏彦氏にささげる。ただし私は京極センセとは一面識もない。勝手にささげるだけである。

金曜日、旧知の自衛隊幹部OBに誘われて、自衛隊OBが集まるある納会に参加した。会場に着くや、そこは背を丸めた照り頭、薄禿、白頭の並列。とっさに帰ろうとすると、アー、吉田鈴香だ、の声。すずかさ~ん、と知らない爺の声、声、声。ささ、こちらへこちらへ、と次々に爺たちはわがブーツを脱がせ、コートを取り、鞄を抱えて奥へと誘った。感情をコントロールするよう両親からキツーク躾られてきた私である。ブーツのジッパーに手をかけられたときに気持ち悪さが喉元まで来たが、ぐっとこらえた。

知人とイスラエル情勢など話し始めるも、すぐさま照り坊主たちは一升瓶片手にわが前面にやってきては身を乗り出す。物の数分と経たぬうちに、握手を求められ、腕をさすられ、頬をなでられ肩を寄せられ・・・ハエを追い払うように払いのければその手をつかんで喜ぶ爺。我が信条「人望は風貌から」の原理では「マイナス人望」の採点を下す汚らしきモノどもに耐え切れず、とうとう帰ることを決意。座を立つと、あれもう帰るの、オレと握手ぐらいしていけよ、の声、声、声。振り切ろうとするや、スーツの中へと手を入れようとする。ぶん殴ろうと手を挙げると「握手ダー」と右手をひねり挙げられた。

私は指を怪我していた。傷口がようやく閉じかけていたのがまたぱっくり開いた。痛みで顔をしかめる我が耳に、爺が卑猥なことを言った。

重ねて、これは「ブラックユーモア」のコーナーである。

だから言ってもいいですよね。

京極センセが『南極(人)』で書いておられる好色爺なんて、ちょろいちょろい。事実は小説より奇なり、現実はギャグより先行す。センセが書く「吉良なにがし」は言葉と目つき顔つきで悪事を表し、それを若い女性に戒められているが、現実は違うのであります!破廉恥爺は言葉なく、ガサガサの手で実行するのみ。
もっとも、この現実をそのまま書いてしまうと、笑う余地もない。「破廉恥」などという言葉も知らず、セクハラなんてそんなの関係ねえと、数十年言い続けてきた彼らを、一箇所に集めてはなりませぬ。同席したら最後、覇を競うように破廉恥のボルテージを青天井に上げる。どこかの国が日本を攻めてきたら海岸線にずらり並べるくらいしか、使い道はございません。

この人らの年金、介護費を私は負担したくない。

ご幼少時、父母から「末はやくざの女親分か、過激派の女リーダーになるに違いない」(注:ここにおける「親分」「リーダー」の意は「最も悪いことを率先して行うもの」というほどのこと。「統率者」ではない)と案じられていた私が、こんな羽目にあうとは・・・。

げに、我慢は禁物。笑顔は危険。撫子が一番である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/04

思わぬ愛の表現

四十路夫婦

男女平等の精神にて

家事の分担共になし

出勤時刻も同じうす

さりながら

日本男子は快男子

ホームに並べば他人面

女房尻目に我先座る

妻はひとり置きて隣席に

満員電車は瞑想時間

目を瞑って鼻掃除

夫の目の前

女立ち大きな声で

「それ取って」とて

紙を差し出だす

大きな声に目を開け夫

誰に言うたか分からずに

人差し指に丸薬つけて

女を見あぐ

妻はまなじり吊り上げた

「いえ、ありますから」

女を制し

紙を夫に差し出だす

男は紙に丸薬ねじ込む

「あるなら早く出してよね」

睨みあう妻と女

夫、二人を制さむと

「鼻くそはみな汚いのだ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/14

一字違い

おしまい(仕舞)を習うているのと女言い

男たじろぎておずおずと

「女もするとは知らなんだ

こんな格好するのかい?」

男は両手を前に上げ

「それもあるけどこんなの多い」

両腕広げる女の元気

「正月にやるんだ?」

「会のみんなの集まりて」

「おひねり出るの?」

「否、出すの」

「それじゃ商売ならぬよな」

「商いを口に出すとは汚らわし

我心と体の美と健康を願う也」

「奥が深いね、ししまい(獅子舞)は」

「しまい(仕舞)です!!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/12

正直な母

「このお出汁、

すばらしい」とて

とりかたを

客人に問われ

「いえ、大したことありませんのよ」

そう言わずぜひともぜひともと

膝にじり寄らせて追り来る客人

根負けして答ゆ

「味の素」

(・・・・チンモク)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/06

紛争地の民主主義

ボスニア

山を隔てて

陣取り合戦

二人一組

兵見張る

眠気を覚ますは

議論が一番

続く続く議論は続く

ここに民主主義知らぬ兵あり

上官と

敵地に届けと

立小便

元気な音に励まされ

思い切って尋ねしや

「民主主義とは何ぞや」

上官答えて曰く、

「民主主義はお前の手の中にある」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/04

ユーモアの世界

ユーモアは私たちに平常心を取り戻させる知恵です。

どんな地にもどんな時にもユーモアがあることは、救いです。

なぜならユーモア一つで自分も周囲も前向きになるからです。

私は人に会う前、こんなユーモアを思い出したり、考えたりしています。

|