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2009/11/20

屏風に挑戦した入江明日香さん

ここ2年ほど、私は屏風がほしくてたまらない。我が家は狭いので屏風など必要ではないのですが、絵を見るたびに、「これを屏風にすると空間に広がりが出ていいだろうなあ」とか、逆に、「これで空間を仕切って人を寄せ付けない空間を作りたい」とか、思うことがしばしばありました。

そう思った作家の1人が、入江明日香さんでした。昨年秋、初めて見て、作品に立ち上る運気と香気、色香。なのに、決然と空気を押し返す強さがあると思ったものです。特に、悩んで描いた作品に、意表をつく面白さと可能性を感じさせる作家でした。彼女には、「悩め、悩め、大いに悩め」と、心の中でエールを送ったものです。

その入江さんが、シロタ画廊で今年も個展をしているので、昨日、行ってきました。

屏風が3点ありました。

右の屏風「白木蓮」には、中央右寄りに少女の顔が描かれている。
屏風に顔!!
なんという冒険だろう。
なんという挑戦!

屏風は空間を仕切るという機能から、人の直ぐそばに立つものです。間近に座った者と屏風の「顔」との相性が悪ければ、屏風を疎ましく思う。つまり、屏風が人を選んでしまう。それでは屏風は屏風の役割を果たせません。そのため、屏風に具体的な個性を現す人間性を持ったモチーフはリスクが高くて厳禁・・・なのではないかしら。
だからだと思うのですが、いまだかつて屏風に人の顔のアップなど見たことはありません。遠景、デフォルメされた動物がほとんどです。否、私が知らないだけで、あるのかもしれませんが。「冒険」「挑戦」といったのは、そういう意味です。

この感想を入江さんに言ったところ、この顔を描くのに非常に苦労して、最後まで決まらなかった、何度も書き直した、と語っておられました。

そうでありましょうとも。
この荒業に良くぞ挑戦した、そして、ようやった、よ~うやった。
「ありがとうございます」と、入江さんは直角に深々と私に頭を下げました。

入江さん、しかしこの大きさでは小さすぎますぞ。
あなたにはもっと大きなものが似合う。六曲の大作もいけるわね。
ああ、そう、まず第一作だから二曲半双を描いてみたのね。
誰が買うとか考えずに思いっきりやるといいですよ。
30センチの台の上に屏風を置いているけど、台がなくてこの高さになる屏風を描くといい。
だとすると、高さでいうと、あ、190センチになる?
いいんじゃない、ヨーロッパの家のドアに相当する大きさにしたらいい。彼らの鼻先に置いてやるのよ。
「はい、私は実は大作を描くのが好きなんです。でも、描く場所もあるので、そうそう大作は描きにくい・・・」
そうか、作品に会う場所を設えないといけないですね。
軽々に”感想“を言ってはいけないと、少し反省です。

入江さんの作品の基本は、流線の美しさです。
中央の屏風「貌佳花」,左下にあるアオ色と、「白木蓮」の冒険ができる度胸は入り江さんの特徴ですが、線の美しさが基本です。

体力がみなぎる20代から40代まで、体全体を使って流れる線をいっぱいいっぱい描くといい。
「ええ、線を描くときは息を止めるので、体力を使います」

実は私は、とても気になる絵があるんです。「柚香菊」です。
「えっ、実はあれは私が一番気に入っている作品なんです」
きりりと、まなじりを決した超然とした表情と、そこに惚れて花や蝶が寄ってくる(かのように、まとわりついている)テーマ性。一目見て、私は我が額に矢が刺さったかのような、気持ちの良さを感じました。額がアツーくなりました。そして、次第になんだか、京極夏彦の小説に通底する凄みが漂っているような気がしてくるのです。
そうですか、この絵が入江さんの核心なんですね。
と、私は入江さんに言いました。

不思議なことに、この絵には買い手がついていませんでした。ほかの作品はすでに売れているのに、です。

買い手がついた作品を見ると、ゆったりムードの、どちらかというと、ピーターラビット系の作品が多い。日本人のリスク回避の傾向が見えるようで、少し気分が不快になりました。
でも、ふと思いました。そうか、入江さんは、広く大衆受けする作品と、自分の真骨頂を表した作品と、冒険した意欲的な作品と、3種類を揃えているのね。マーケティング理論に合致しているではないですか。商店経営にも通じる品揃えです。

これはあくまで、私の意見だから、評論家は異論があるかもしれないな、と思いつつ、帰りかけたときのこと。
自信たっぷりな風情の“老紳士”が、入江さんに言葉をかけているのが聞こえました。
「あなたは文科省の海外研修プログラムに参加したらいい。スペインあたりがいいんじゃないかな。なんだったら、僕が推薦状を書いてあげるから連絡して」
入江さんは丁寧に“老紳士”に頭を下げて出口まで見送りました。

私は入江さんに駆け寄りました。
あの方、どなた?
「美術評論家だそうです」
スペインて、はあ?あなたの何を見てそう思うのでしょうね。
入江さん、あなたは暮らしていて心地良いところはどこ?
線を描いて手が震えないところはどこ?
あなたは何からモチーフを取る?
あなたは人の何を見て考え事をする?
みんな、日本でしょ。今いるところでしょ。
淀川より西に行ってはあきまへん。
もし東京を離れて気分転換したいと思うなら、京都の養源院になさい。
「いえ、今離れる気にはなれません。スペインに行ったらつぶれると思います」
あなたの偉いところは自分をよう知っているところだ。迷ったらいかん。あれもできるこれにも挑戦したいと外ばかり見ていると自分を殺す。あなたは感受性が強いから、今いるところで十分外の刺激を感じることができる。鈍感な人が、あんなオッちゃんの甘言に誘われて外へ行く。
ヨーロッパは、六曲の屏風を描いてぶつけに行くところだ。
あなたは自分の核心を知っている。「柚香菊」です、「柚香菊」ですよ。

*  *  *  *  *  *  

入江さんとの会話と、感想の部分が混在した文章なので読みにくかったかもしれません。でも、括弧で区切ってしまうと会話の勢いが失われてしまうようで、できるだけ使いたくなかったのです。

“老紳士”美術評論家が若かった時代は、海外に行くことはご馳走だったのでしょう。
日本は煮詰まっているところで、学べるのは新天地だ、と。でもそれは勘違いです。学ぶ、考える、創る、暮らす、は、場所を変えればよいものが手に入るのではなく、あくまで本人の問題。本人が心地良く感じられる場所を選ぶことが大事なんだと、思います。
住む場所を変えながら作品を書いている画家や小説家もたくさんいますが、皆が皆そうではないでしょう。むしろ、若い世代にはそういう暮らし方を好む人はぐっと減っています。アンテナが高い人は外へ出る必要がないのです。それが証拠に、海外研修で外地で暮らした若い作家が、その後名をあげた例はありませんもの。

入江さん、あなたが向かうべきところは、あなたの頭の中ですよ。身体の移動ではない。
私にお金があったら、「柚香菊」をほしかったなあ。でも、あなたの核心だから、買ってはいけないものだったかもしれませんね。
これでいいのです。

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