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2009年11月

2009/11/30

評価学会で怒り

日曜日、日本評価学会の全国大会に出席してきました。ODAの評価などに関心があって入会した学会でしたが、今回のセッションは、「政権交代とマニフェスト評価」というタイトルだったため、顔をのぞかせたのです。

新人の民主党議員の「マニフェストつくりに自分は関与していない。責任をもてない。米国と比べて日本の議会制民主主義は稚拙だ」と繰り返す卑怯な言い逃れに大いに立腹した私。質問したいと手を上げたのに「時間がないから」で断られ、頭から湯気を出したまま帰宅しました。

心優しい日本人は、責任を引き受ける覚悟がなく、説得力ある話し方もできない女性国会議員を許しちゃうのね・・・

朝カーテンを開けると、ガラスが温度差で曇っていました。私の頭から出た湯気が曇らせたのかしら?と、一瞬思いましたが、今日でもう11月も終わり。寒くなるわけです。

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2009/11/28

ドバイの信用不安

ドバイ発信の信用不安が世界中に回っています。
3月にドバイを訪れたとき、大規模な工事が止まったり、縮小したりと、その傷は散見されました。

それでも私が会ったソマリア人たちは楽観的で、いつまでもこんなことはないと、いっておりました。紛争国から来た彼らにとって、ドバイは天国。治安は完璧、自由、世界中の文化と学術機関が集合する都市です。確かに、人をひきつける魅力で満ちていました。
「スズカもここに住んだらいい」と何度言われたことか。

何がドバイを発展させたかといえば、私は「自由な市場」だったと思っています。「反米」スローガンはなく、不穏分子は武器を携行できず、市民は遊びたいときには遊び、勉強したいときには勉強できる、投資と消費と貿易が楽しめる法的整備と情報の均衡がありました。なんとなく、空気が神奈川県のそれと似ていると思ったものです。

ドバイが気がかりです。

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2009/11/27

郵政民営化見直しのバカバカしさ

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

Twitterで知った、みんなの党代議士の柿沢さんのご案内で、昨日午後、党主催の公
開勉強会に行ってきました。

郵政民営化見直し法案のあまりのおバカぶりに言葉を失い、生類憐みの令に次ぐ愚法だと思いました。

内容はいずれNBOの記事にします。

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2009/11/26

Twitter始めたんですが・・・

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

昨夕、Twitterを始めてみたのです。
始めてものの3、4分で5人のfollowerが現れ、驚き、あわてて名前を変え、非公開に設定しなおしました。自分がフォローすることばかりを考え、フォローされることの意味が良く分かっていなかったのですね。
Twitterの怖さ、伝播力を痛感し、皮膚がぴりぴりします。
著名人はお名前をはっきり出して公開しておられる方がほとんどのようです。その度胸に感服です。

私は・・・度胸ができたら公開に設定します。

私がTwitterに関心をいだいたのは、実はこのごろのことで、イランで起きたデモについて現地のある方に電話をしたとき、「Twitterで人々が情報交換している」と聞いてからです。当局が情報統制してもしても、現れるTwitterって何だろう、と思ったのです。
その時の私の記事は「改革派も反米。イラン騒乱を生んだのはSNSだった?!」NBO6月23日公開です。

人の息遣いが聞こえてくるインフラ、
インフラがもたらす人間の力、
否、インフラに息を吹き込む人間の活力、
大衆向けインフラの汎用性、
その伝播力、
そんなものを感じます。

遠いイランの騒乱がすごく身近に感じられました。
私はまだおっかなびっくりで、イランの人々ほどには使いこなせませんが・・・

情報に飢えているソマリアの人々はどうしているのだろう。
タリバンに脅されてわずかな財産を巻き上げられている人々の声は、どうやって拾い上げているのだろう。そんな取り組み、あるはずもないですが。

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2009/11/24

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

日経ビジネスオンラインにてコラムを公開しています。

本日11月24日(火)公開の記事は、JICAの埋蔵金でアフガン支援すれば? 「事業仕分け」でなく「勘定区分の見直し」で見えるものです。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/11/20

屏風に挑戦した入江明日香さん

ここ2年ほど、私は屏風がほしくてたまらない。我が家は狭いので屏風など必要ではないのですが、絵を見るたびに、「これを屏風にすると空間に広がりが出ていいだろうなあ」とか、逆に、「これで空間を仕切って人を寄せ付けない空間を作りたい」とか、思うことがしばしばありました。

そう思った作家の1人が、入江明日香さんでした。昨年秋、初めて見て、作品に立ち上る運気と香気、色香。なのに、決然と空気を押し返す強さがあると思ったものです。特に、悩んで描いた作品に、意表をつく面白さと可能性を感じさせる作家でした。彼女には、「悩め、悩め、大いに悩め」と、心の中でエールを送ったものです。

その入江さんが、シロタ画廊で今年も個展をしているので、昨日、行ってきました。

屏風が3点ありました。

右の屏風「白木蓮」には、中央右寄りに少女の顔が描かれている。
屏風に顔!!
なんという冒険だろう。
なんという挑戦!

屏風は空間を仕切るという機能から、人の直ぐそばに立つものです。間近に座った者と屏風の「顔」との相性が悪ければ、屏風を疎ましく思う。つまり、屏風が人を選んでしまう。それでは屏風は屏風の役割を果たせません。そのため、屏風に具体的な個性を現す人間性を持ったモチーフはリスクが高くて厳禁・・・なのではないかしら。
だからだと思うのですが、いまだかつて屏風に人の顔のアップなど見たことはありません。遠景、デフォルメされた動物がほとんどです。否、私が知らないだけで、あるのかもしれませんが。「冒険」「挑戦」といったのは、そういう意味です。

この感想を入江さんに言ったところ、この顔を描くのに非常に苦労して、最後まで決まらなかった、何度も書き直した、と語っておられました。

そうでありましょうとも。
この荒業に良くぞ挑戦した、そして、ようやった、よ~うやった。
「ありがとうございます」と、入江さんは直角に深々と私に頭を下げました。

入江さん、しかしこの大きさでは小さすぎますぞ。
あなたにはもっと大きなものが似合う。六曲の大作もいけるわね。
ああ、そう、まず第一作だから二曲半双を描いてみたのね。
誰が買うとか考えずに思いっきりやるといいですよ。
30センチの台の上に屏風を置いているけど、台がなくてこの高さになる屏風を描くといい。
だとすると、高さでいうと、あ、190センチになる?
いいんじゃない、ヨーロッパの家のドアに相当する大きさにしたらいい。彼らの鼻先に置いてやるのよ。
「はい、私は実は大作を描くのが好きなんです。でも、描く場所もあるので、そうそう大作は描きにくい・・・」
そうか、作品に会う場所を設えないといけないですね。
軽々に”感想“を言ってはいけないと、少し反省です。

入江さんの作品の基本は、流線の美しさです。
中央の屏風「貌佳花」,左下にあるアオ色と、「白木蓮」の冒険ができる度胸は入り江さんの特徴ですが、線の美しさが基本です。

体力がみなぎる20代から40代まで、体全体を使って流れる線をいっぱいいっぱい描くといい。
「ええ、線を描くときは息を止めるので、体力を使います」

実は私は、とても気になる絵があるんです。「柚香菊」です。
「えっ、実はあれは私が一番気に入っている作品なんです」
きりりと、まなじりを決した超然とした表情と、そこに惚れて花や蝶が寄ってくる(かのように、まとわりついている)テーマ性。一目見て、私は我が額に矢が刺さったかのような、気持ちの良さを感じました。額がアツーくなりました。そして、次第になんだか、京極夏彦の小説に通底する凄みが漂っているような気がしてくるのです。
そうですか、この絵が入江さんの核心なんですね。
と、私は入江さんに言いました。

不思議なことに、この絵には買い手がついていませんでした。ほかの作品はすでに売れているのに、です。

買い手がついた作品を見ると、ゆったりムードの、どちらかというと、ピーターラビット系の作品が多い。日本人のリスク回避の傾向が見えるようで、少し気分が不快になりました。
でも、ふと思いました。そうか、入江さんは、広く大衆受けする作品と、自分の真骨頂を表した作品と、冒険した意欲的な作品と、3種類を揃えているのね。マーケティング理論に合致しているではないですか。商店経営にも通じる品揃えです。

これはあくまで、私の意見だから、評論家は異論があるかもしれないな、と思いつつ、帰りかけたときのこと。
自信たっぷりな風情の“老紳士”が、入江さんに言葉をかけているのが聞こえました。
「あなたは文科省の海外研修プログラムに参加したらいい。スペインあたりがいいんじゃないかな。なんだったら、僕が推薦状を書いてあげるから連絡して」
入江さんは丁寧に“老紳士”に頭を下げて出口まで見送りました。

私は入江さんに駆け寄りました。
あの方、どなた?
「美術評論家だそうです」
スペインて、はあ?あなたの何を見てそう思うのでしょうね。
入江さん、あなたは暮らしていて心地良いところはどこ?
線を描いて手が震えないところはどこ?
あなたは何からモチーフを取る?
あなたは人の何を見て考え事をする?
みんな、日本でしょ。今いるところでしょ。
淀川より西に行ってはあきまへん。
もし東京を離れて気分転換したいと思うなら、京都の養源院になさい。
「いえ、今離れる気にはなれません。スペインに行ったらつぶれると思います」
あなたの偉いところは自分をよう知っているところだ。迷ったらいかん。あれもできるこれにも挑戦したいと外ばかり見ていると自分を殺す。あなたは感受性が強いから、今いるところで十分外の刺激を感じることができる。鈍感な人が、あんなオッちゃんの甘言に誘われて外へ行く。
ヨーロッパは、六曲の屏風を描いてぶつけに行くところだ。
あなたは自分の核心を知っている。「柚香菊」です、「柚香菊」ですよ。

*  *  *  *  *  *  

入江さんとの会話と、感想の部分が混在した文章なので読みにくかったかもしれません。でも、括弧で区切ってしまうと会話の勢いが失われてしまうようで、できるだけ使いたくなかったのです。

“老紳士”美術評論家が若かった時代は、海外に行くことはご馳走だったのでしょう。
日本は煮詰まっているところで、学べるのは新天地だ、と。でもそれは勘違いです。学ぶ、考える、創る、暮らす、は、場所を変えればよいものが手に入るのではなく、あくまで本人の問題。本人が心地良く感じられる場所を選ぶことが大事なんだと、思います。
住む場所を変えながら作品を書いている画家や小説家もたくさんいますが、皆が皆そうではないでしょう。むしろ、若い世代にはそういう暮らし方を好む人はぐっと減っています。アンテナが高い人は外へ出る必要がないのです。それが証拠に、海外研修で外地で暮らした若い作家が、その後名をあげた例はありませんもの。

入江さん、あなたが向かうべきところは、あなたの頭の中ですよ。身体の移動ではない。
私にお金があったら、「柚香菊」をほしかったなあ。でも、あなたの核心だから、買ってはいけないものだったかもしれませんね。
これでいいのです。

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2009/11/13

いい言葉

日本人のスポーツ選手が、「子どもたちに自分の経験を伝えたい」などと引退に当たって述べますが、それを聞いた外国人の知人が、「彼女は誰の子どもに技術を教えたいのか」と私に訊ねました。「次世代の、と言う意味でしょう」というと「ヘエー」という鈍い反応でした。

日本人は「子ども」が好きです。

「可哀相な子ども」と聞くと、すぐに財布を開く日本人。
マニラのスラムに行けば、日本人の訪問者には子どもの話を、カナダ人の訪問者には病院の話を、北欧の訪問者には保健の話、アメリカ人には地方行政の話を話してくれます。そう、寄付を募るために使い分けているだけのことです。

どこ国でもどの組織でも、寄付を集めるための「いい言葉」は必要で、日本では「子ども」が利用されています。「いい言葉」とは、「便利な言葉」と言う意味です。

でも私は、次世代を育てる大切さと、育てている現役のお母さんお父さんたちを支える仕組みは、絶対に必要だと思っています。日本の社会保障制度ではここが手薄なのに、なぜか、寄付行為となると「子ども」に弱い・・・。

国際NGOの中には、あえてポスターには明るい笑顔の子どもの顔写真を使うところがあります。もちろん、涙目の子どもの写真を多用する組織も。使われている写真に、その組織の姿勢が現れていて、興味深いです。

日本人も途上国に「いい言葉」を浴びせています。

それは「貧困」

インドで現地の記者に「貧困削減のために日本がこの事業をします」といったところ、記者が怒り出し、「貧しい人はいるがそれは国内問題だ。外人に指摘されて喜ぶインド人などいない」と反論してきました。

貧しいことは本人たちには恥ずかしいことだと、アマルティア・センが述べています。私たちは自分が良いことをしていると酔いしれているに過ぎないのです。

ですから、受益者たちが「貧困削減事業」などと言うときには要注意。プライドを捨てれば、支援が手に入ることを知っている人たちです。カンボジアでそういう政府関係者に会って、これはいけない、と思ったことがあります。

「貧困削減」も「可哀想な子ども」も、日本の納税者対策、募金集めの言葉だと割り切ったほうがいいと思います。

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2009/11/12

柄澤斎さん

昨日、アフリカ在住の方から電話がありました。

私がブログで言及した柄澤斎さんをネットで調べて、大変な版画家だと知った、と言うのです。ええ、そうなんです、と私。

柄澤さんは、今週から始まった日経新聞の夕刊の連載「無花果の森」で画を担当しています。作家の小池真理子さんが柄澤さんを離さないのです。ほかの新聞でも何度かこのコンビで仕事をされています。

知人:「思想家だね、この人は」
私   :「よく分かりましたね。哲学を版画、もしくはコラージュと言う方法で表しているのですよ。私は絵がきれいと言うより、柄澤さんの考える道筋がはっきりと見えて、それをたどるのが好きなんです」
知人:「そうだなあ、昔の画家や哲学者の頭脳の中をぐうっと潜り抜けて、追体験しているね。それから描いている」
私   :「日本人は体験体験と、現場体験ばかり主張しますが、人がたどった道を追体験できる読みこみ能力をもっと大事にせねばなりません。この能力が哲学者を生むんです」

と、会話が弾みました。

大岩オスカールも、自分を「考える人」と称していました。
私も自分を「考える人」だと思っています。

シロタ画廊でお話した柄澤さんの、静かな声とゆっくりとした視線の動かし方を、時々思い出します。

あれは、柄澤さんの「空気」でした。

以来、何度も何度も反芻する「空気」です。私からもはや不可分の資産です。我が分身、「鮫切丸」(柄澤さんの作品)は、「空気」が生んだ雫です。

それにしても、思想家の柄澤さんを1年間も独り占めする作家は、果たしてそれだけの内容ある小説を書くんでしょうねえ~。少し意地悪な気持ちで夕刊小説を読んでいます。

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2009/11/11

日経ウーマンオンライン「国際協力最前線」最新号

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

日経ウーマンオンラインでの「国際協力最前線」最新号は、人道支援のど真ん中から、学問と子育てまで追求する桑名恵さんです。

ぜひ、日経ウーマンオンラインの「国際協力最前線」最新号で、詳細をご覧ください。

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日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

日経ビジネスオンラインにてコラムを公開しています。

本日11月11日(水)公開の記事は、テロリストは“広域指定暴力団”活気ある繁華街を作ればいなくなる、という幻想です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください。

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2009/11/06

日経BPネット「今週の必読」に選ばれる

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

11月5日公開の日経ビジネスオンライン(NBO)でのコラム 「民主党の「脱官僚」なんて口ばかり」 が、日経BP本社のホームページ、BP netの「今週の必読」に選ばれました。

日経が有するあらゆるインターネットメディアのコラムから、毎日一つだけが選ばれ
て入っています。

参考まで、11月4日は大前研一氏、11月2日は小宮一慶氏、10月30日は田原総一郎氏が入っています。

多くの方から読んでいただけるだけではなく、プロの編集者が着目してくださったことに嬉しさを感じます。

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2009/11/05

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香(Suzuka Yoshida)です。

日経ビジネスオンラインにてコラムを公開しています。

本日11月5日(木)公開の記事は、民主党の「脱官僚」なんて口ばかり「みんなの党・渡辺喜美代表が新政権をバッサリ斬る」です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/11/04

人脈はこう築く

私は今年に入ってすぐソマリア行きを決断した。無政府状態に入ってすでに18年。オバマ政権を脅かすテロリストがすでにアフガニスタンからソマリアに多数入り込み、ソマリアはテロの最前線にある。海賊で世界を驚かせている背景には、そんな無政府状態と人道支援の欠落とがある。と思ったのである。

机上調査で現状を調べると同時に、私は政治、援助、セキュリティ、資源の分野でソマリアに関連するトップとの面談を求めた。この4分野は、私が20年間の経験で得た、途上国を見るときのキーワードだ。すべての権力はこの4分野に通じている。4つのすべてを握る人がいれば、それは非民主主義国。民主主義国では権力は細分化されているが、それでもトップ同士は大いに顔見知りだ。いずれかの分野の権力者と会えれば、すべての道は開けると、確信していた。

4分野には、すでに私は通じていた。自腹で外国のセミナーなど出席をして、各セッションで必ずといってよいほど手を上げて発言してきたからだ。そうすると、セッションあとのコーヒーブレイクで必ず、個人的な意見を話しに近寄ってくれる人たちがいる。こうして、実際にあったことがあるのはわずか1回2回であっても、私の考えや背景を皆、覚えていてくれた。

帰国後開始した連載では、掲載記事を英訳して、順次、取材に協力してくれた人たちに送った。

予想通りというべきか、私の原稿に意見を述べる未知の人が現れた。米国在住の英国人J氏だった。米国で30数年、独自のニュースを大手メディアや企業に配信し続けている。J氏は、私の記事へのコメント共に、「ソマリアの海賊はすでに、こういうルートでアル・カイーダと手を結んでいる。武器は旧ソ連製の何と何をこの値で買った」等の情報を含む自分の記事を送ってくれたのだった。御歳83歳だという。
さて、それが新たな私の人脈になった。毎日朝晩、インターネット電話で話すようになった。ソマリアのみならず、世界各国の防衛、外交、貿易、犯罪、感染症などまさに国境を越えて広がる課題を負っていることでは、私も彼も同じである。1ヶ月もすると、情報源を共有しあうまでになった。まさに「脈」である。J氏の次にA氏と、次々に人は連なっている。

氏の言動には明らかな特長がある。マメに電話をかける。私の意見を認めた後で「こういう意見もあると思うが」と、異論を述べる。「元気?声の調子がよくないよ」と、気遣いを見せる。写真とビデオを交換したがる。そして、仕事と関係なさそうな雑談をよくする。

83歳まで現役でジャーナリズムを実践しているだけに、人脈を世界中に持ち、彼らとのエピソードをよく記憶して、当時と今とを比較しては「ここが変わったのは何が原因だろうか」と、私と議論をするのである。

諺の「犬も歩けば棒に当たる」とは、ネットワーキングを意味しているのでは、と思うに到った。それは,誰かと知り合いになることではない。まず、自分の意見を持つこと、それを相手の言葉に巻きつけたり、相手の言葉を自分のそれに巻きつけたり、影響を与え合うことだ。興味ある人物との付き合いをこまめに維持管理する。その手間隙をどんな時にも惜しまない。目先の忙しさにかまけがちな日本人がネットワーキング下手になるわけである。

※このコラムは、国際フレンドシップ協会発行の「the COMMUNICATOR」11月号に掲載したものです。

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