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2009/02/13

マイナスしてこその「美人」―美人妻談義から

先日60代以降の男性ばかり数人と食事をした。

一時、皆で互いの奥方の美貌を褒め称えあう一こまがあった。

「○○さんの奥さんはとてかわいらしくて、僕はこっそり見に行ったもんですよ」「お宅の奥様は楚々としていて、品がある」と。奥方様は皆、60代、70代だ。

一つ一つに、ほう、ほう、と感心して聞く私。内心、どうか私の容姿に言及しないようにと祈った。いくつになっても容姿を問われる女性。大変なプレッシャーを生涯受け続けるのだ。理不尽だなあと思う。

一方、容姿が人柄を表していることは、確かな事実だ。性格、考え方、生き方が容姿を形作っている。若いころは誰でもそれなりの色艶があるが、それが抜けてくる30代半ばになると歴然と現れる。経済力が身につけるものも左右するので、ますます「輝く」「しょぼい」の差が生まれる。

お化粧と洋服にお金をかけていれば良く見える、というものでもない。マスカラをたっぷり盛りラメも降りかけたお化粧に、流行の服も着ているのに、真っ赤なバッグに交通安全のお守りをつけている女性。お化粧も服も高価そうなのに蟹股猫背で歩き、歯が汚く口をあけるたびに涎と黒い歯が見える女性。これは実在の30代後半の日本女性だ。どちらも海外の大学院を出た優秀な人だったが、ご両親がどこを大事にして育ててきたかが見えて、興味深い。(もしかして、「ブラック・ユーモア」のネタになるかも)

彼女たちはプラスすることばかりを考えてきたようだが、マイナスすることを忘れている。

皆どこかで誰かの影響を受けながら「自分」を築いている。無意識に身についたものの中にこそ、その人の生きてきた環境が映し出される。はたしてそれは、映し出してかまわないものなのか、消したい、変えたいと思うものなのか、時々は姿見で全身をチェックしたほうがいい。強調したいところ、消去したいところを、取捨選択することが「自分作り」なんじゃないかなあ。

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