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2009年2月

2009/02/27

偽装農家と不在地主の本音を表すサイト

他のwebサイトが、日経ビジネス「NBオンライン」で24日に発表した私の記事「ずさんな農地行政が農業の自壊を招く」を引用し、「これぞ偽装農家の典型例」と、茨城県の事例を紹介していました。

昨年4月にTBSの番組が、農家側の肩を持つ趣旨で放送したようです。
首都圏に近い農地の姿を良くあらわしていると思う事例です。

これでは行政の予算はいくらあっても足りるわけがありません。

皆様からご意見頂ければありがたいと思います。

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2009/02/25

日経ビジネスオンライン掲載コラムについて

こんにちは!吉田鈴香です。

昨日、2月24日火曜日に発表した「吉田鈴香の『世界の中のニッポン』」は、多くの読者の皆様に注目していただいて(アクセスランキング2位)、嬉しいです。

農業は最近とても注目を浴びていて、今週発売の週刊誌、月刊誌でも取り上げられているのを散見します。私の対談記事はそれとは内容が大いに違って、農政批判、偽装農家批判です。

神門博士は「偽装農家」と言う言葉の生みの親であり、農業を専業としない農家には大変厳しい方ですが、農業には非常な愛情をお持ちです。

後編は来週の同じ火曜日になると思いますので、皆様には、引き続きご関心を持っていただけると嬉しいです。

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2009/02/24

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ビジネス「NBオンライン」にてコラムを公開しています。

本日2月24日公開の記事は、「ずさんな農地行政が農業の自壊を招く」壊れていく農村(1)です。

気鋭の農学者、神門善久先生との対談です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/02/16

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ビジネス「NBオンライン」にてコラムを公開しています。

本日2月16日公開の記事は、前回に続き、テーマは農業。タイトルは、「農業が現金を生まなければ、農地は死滅する」変化する農村コミュニティー(2)です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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日経ウーマンネット「国際協力最前線」最新号

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ウーマンネットで連載中の「国際協力最前線」最新号は、在インドネシア大使館で経済担当の公使をしている前田徹(まえだとおる)さんです。

今回は、どんな対外政策の下、日本はODAを行っていくべきか、個人的見解をお伺いしました。また、インタビュー中、私が考える独自の民主主義指標、「言論の自由」を成立
させる4条件を前田さんにお話しました。皆様いかが思われるでしょうか。

ぜひ、日経ウーマンネットで連載中の「国際協力最前線」最新号で、詳細をご覧ください。

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2009/02/14

自衛隊派遣の要請

年明け早々、ある地域に取材に行こうと決めてから、かなりの時間を割いて情報収集と計画立案を続けている。ブログの更新の間合いが長くなったのもそのためで、インフルエンザにでもかかったのではと、ご心配くださる方もあり、ありがたいと思う。

あれこれと動いているうちに別なことが見えてきた。世界の主要各国が経済危機のために紛争地から兵を引き上げる動きを見せ、軍事力のカバーに穴が開き始めたのだ。抑止力の穴は、新たな何かを生む。これを埋める力を動員せねばならない。

どこか余裕のある国はないか。

世界の超大国はそう思っている。

こうなってくると、日本は特別困っていないことが眼につく。

いつもしぶしぶ最低限の兵力派遣でお茶を濁している国。幼稚園で皆が泥んこ遊びしているときに「ぼくたん、お洋服汚したくないもーん」と、幼稚園できれいな洋服を着続けている国。国会でだらだら審議にもならぬようなロールプレイ・ゲームをしている国――日本がいるじゃないか、と。

経済危機の度合いは相対的なものなので、こんな“余裕”を見せていると外国の目には日本が安泰に見える。

まもなく、日本に陸の兵力派遣の正式要請が来るだろう。

私がNBオンラインの正月御神籤で占ったとおりの展開になりそうだ。

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2009/02/13

マイナスしてこその「美人」―美人妻談義から

先日60代以降の男性ばかり数人と食事をした。

一時、皆で互いの奥方の美貌を褒め称えあう一こまがあった。

「○○さんの奥さんはとてかわいらしくて、僕はこっそり見に行ったもんですよ」「お宅の奥様は楚々としていて、品がある」と。奥方様は皆、60代、70代だ。

一つ一つに、ほう、ほう、と感心して聞く私。内心、どうか私の容姿に言及しないようにと祈った。いくつになっても容姿を問われる女性。大変なプレッシャーを生涯受け続けるのだ。理不尽だなあと思う。

一方、容姿が人柄を表していることは、確かな事実だ。性格、考え方、生き方が容姿を形作っている。若いころは誰でもそれなりの色艶があるが、それが抜けてくる30代半ばになると歴然と現れる。経済力が身につけるものも左右するので、ますます「輝く」「しょぼい」の差が生まれる。

お化粧と洋服にお金をかけていれば良く見える、というものでもない。マスカラをたっぷり盛りラメも降りかけたお化粧に、流行の服も着ているのに、真っ赤なバッグに交通安全のお守りをつけている女性。お化粧も服も高価そうなのに蟹股猫背で歩き、歯が汚く口をあけるたびに涎と黒い歯が見える女性。これは実在の30代後半の日本女性だ。どちらも海外の大学院を出た優秀な人だったが、ご両親がどこを大事にして育ててきたかが見えて、興味深い。(もしかして、「ブラック・ユーモア」のネタになるかも)

彼女たちはプラスすることばかりを考えてきたようだが、マイナスすることを忘れている。

皆どこかで誰かの影響を受けながら「自分」を築いている。無意識に身についたものの中にこそ、その人の生きてきた環境が映し出される。はたしてそれは、映し出してかまわないものなのか、消したい、変えたいと思うものなのか、時々は姿見で全身をチェックしたほうがいい。強調したいところ、消去したいところを、取捨選択することが「自分作り」なんじゃないかなあ。

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2009/02/05

BAJの新石さんのご冥福を祈ります

1月29日、BAJ(ブリッジ・エーシア・ジャパン)事務局長の新石さんが亡くなられたことを、本日友人が知らせてくれた。発病後も仕事をされているオフィスにお邪魔したとき、髪の毛がずいぶん少なくなっておられた。つい「あら、新石さん、ちびまる子ちゃんのおじいちゃんみたいになられて」と口が滑ったのだが、新石さんは怒りもせず、笑っておいでだった。理事長の根本さんは細い目をますます細めて、「あはは、ともぞーだあ」と大笑いされた。

BAJがまだ成立される前、お世話になった。当時も私の冗談とも本気ともつかぬ話を真顔で聞いては、笑っておられた。他方で、ビルマ語やベトナム語で怒気を含んだ大声で話されることもあった。手堅い仕事をするBAJを作った新石さんのご冥福をお祈りします。

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2009/02/03

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ビジネス「NBオンライン」にてコラムを公開しています。

本日2月3日公開の記事は、「変化する農村コミュニティー(1)」 農村部でも“自家用車社会”は終焉を迎える です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/02/02

韓国のアートがユニバーサルな趣向に

 土曜日、銀座のシロタ画廊で、韓国のアーティスト、劉守鐘(Yoo Soo Jong)の展示会を見てきた。

想像に反して、そこには政治的なメッセージや、日本への恨みというような暗さがなく、どこの国でも通じるセンスある作品だった。経済成長とともに、アーティストも「自国の文化」にこだわらず、自分がよいと思う作風を築き上げるようになるようだ。

 日本間においてもよさそうな絵だった。草地と空のコントラストをはっきりさせ、月と白鷺草が描かれている。草の合間には天道虫が隠れていて、それが色のアクセントになっている。おとぎ話の、ウサギとお月様を思い出させるモチーフだ。

 以前、60、70歳代と思しき日本人女性画家の展覧会を某画廊で見たとき、私は辟易した。反核、反戦争、反公権力とやらの思想をキャンパスいっぱいに塗りたくっていて、眼が痛くなった。高齢化すると眼が悪くなるためにこんな色彩にしたのかと、疑ったくらいだ。思想信条を熱っぽく語るアーティストの説明が私の気持ちに追い討ちをかけた。まるで「力」を感じなかった。あれらは暮らしの中におく美術なんかではない。画廊で展示会をしてもらう意味がない。発信するばかりで内省することがないアーティストには、なんら魅力も可能性も感じないものだ。

 暮らすということと、政治思想を持つということの区別がつかない世代がいるのだ。これはその画家だけの特徴ではなく、世代的特徴だ。人種による違いよりも、経済状態、教育、職業による差異のほうが大きく人を形作る。

 さて、シロタ画廊では4週連続で毎週一人のアーティストの作品を展示するのだが、出し元であるソウルの最大手画廊、珍画廊の女主人、珍さんは日本語教育を受けているため話もすべらか。

「韓国の女の人は、200万円する絵を、ぱっと一目見て買っていくよ。あなたもね、それくらい決断しないと」

 そんな、とんでもない、といって、辞退した。韓国通貨のウォンが日本円の半分以下になったのだから、お買い得ではあるが、月に行くほど遠い話しだった。

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