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2009年1月

2009/01/21

日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ビジネス「NBオンライン」にてコラムを公開しています。

特集「始動、“新しいアメリカへ”」の中で、記事を掲載しています。

本日1月20日公開の記事は、「オバマ政権のアキレス腱はソマリアか」です。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/01/20

農政改革担当相の誕生

農水省の石破茂大臣が、農政改革担当相を設置して自ら兼務することになったとか。大臣は対外的に改革に意欲を示しているようだ。

はてさて、NBOで書いた私の記事「農水省改革チームの提言は国家を動かすか?」となんだか連動しているような…。大見得を切ってココ一番を見せる歌舞伎役者さんには、「ヨッ、○○屋!」と、声をかけてあげないと。石破大臣にはさしずめ、「よっ、カイカクヤ!」であろうか。

鳩山総務大臣主導で、政府の地方分権改革推進委員会の第二次勧告を踏まえた国の出先機関改革の「工程表」を策定するプロジェクトチーム(PT)が今日付けで内閣府に発足したそうで、内閣府、総務省、財務省、国土交通省、農林水産省など8府省の職員がかかわるとか。あっちでもこっちでも「改革推進」である。船頭多くして船の漕ぎ時がわからない事態にならないといいが。

現内閣でどこまでやり遂げてくれるか、目を離さずにいよう。

昨日付けの新聞によると、やっとREITが日銀の担保適格債権になった。不動産担保が融資の中心になっている日本では、日銀のREIT買取は必要な金融政策だ。資産価値の維持につながるから。

しかし、農地に道路を開通させることで価値を持たせ宅地化し、売る、という農家の意図が、青天井に道路予算を吊り上げ宅地を供給しようとする勢力に味方する事態は、やめなければならない。本来関係ないはずの農地、不動産価格、道路、住宅政策が、連関して国家財政を食っていることは異常だ。問題点を整理して原稿にしていきたいと思う。

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2009/01/15

世界万華鏡 食は奇妙な文化交流3

日本では家族がばらばらに食事をとる「個食」が珍しくなくなっているようだが、世界の常識はやはり「家族揃って食事をする」のが、一般的だ。なぜなら、それが幸せを実感するひと時であるし、また、それが家族を一体化させる重要な役割を果たしてくれているからである。特に夕食に、家族団らんの思い出を持つ人もいるだろう。私もその一人だ。夕食時に台所から上がる湯気、香気、温かい皿などなど、「夕食」といえばそれらの温かさを気配で覚えている。家族が食事を共にすることが習慣として根付いていることは、健全なる社会がある、ということだと、私は思う。
 実はこの「温かな気配」が命の危険につながる地域がある。世界の紛争地だ。暖かな気配に誘われて人が集まる、ということは、警戒心を解いている人間がまとまった数で存在している、ということ。食事を横取りしよう、人間を拉致しようと思う勢力には好機だ。
アフリカに、シエラレオネという小さな国がある。北海道ほどの大きさの国だが、1989年から12年間内戦をしていた。私がシエラレオネを訪れたのは、内戦も終盤の、国連がミッションを展開し始めたときだった。

シエラレオネはピーナッツが特産品の国。農村部をPKOの兵士らの護衛の下訪ねると女性たちがピーナッツを頭の上のかごに満載して売りにくる。大きさがまばらで、萎びたもの、曲がったものが多く、美味しそうに見えない。それを塩気もつけずその場で食べる気がおきなかった私は売り子さんとお話だけすることにした。

私「紛争中でもピーナッツは採れるんだね。煎っただけではたくさん食べられないよ」
女性「ここいらじゃピーナッツは料理にするのさ。煎って食べるだけじゃないんだ」
私「へえ、この近くで作って食べさせてくれるところはある?」

女性「ないよ。料理なんかしていたら襲われる。鍋も放り出してブッシュに逃げ回っていた。国連軍が来たから私らも村に戻ってきた」

その後、私はゲリラの本部がある家に入った。家には子どもたちがいた。女性らが何人もいる。普通の家のようだ。そこで、ゲリラのスポークスマン(報道官)と話をした。「特別法廷で戦犯を裁くけど、内部で異論はないですか」「現地住民の安全を図るためにゲリラ軍兵士をどう教育していますか」などと私が質問を繰り出し、それにスポークスマンが迅速に答える、という場面が続いた。

途中から、ごっつんごっつんと音が聞こえ始めた。定期的な間合いがある音だ。それまで、じっと私の目を見つめ質問に聞き入りながら考える風であったスポークスマンの目が、ちらと動いた。この切れ者のスポークスマンは、ごっつんの音に何を想ったのだろう、と関心がわいた。一方、私も、とっさに、日本のすり鉢を想起した。母の手伝いで夕食用にくるみをすりつぶしたことがあったなあ、と。

インタビュー後、手洗いを借りたいと申し出ると、かまどがある場所を経由して案内してくれた。かまどの横で、女性が杵で石臼をつついている。ピーナッツだった。(つづく)

※この記事は、国際フレンドシップ協会発行の「Communicator」1月号で発表したものを、協会の許可を得て転載します。

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2009/01/14

どうするウクライナ、ロシア

新年早々、ロシアがウクライナへのガスの供給を止め、その理由を料金滞納とロシアが発表している。

年末に私が聴いたウクライナの駐日大使の話には、ロシアへの恨み言など一切なく、「ウクライナはヨーロッパへのガス輸送の途中にあるため、輸送コストがかからない分、安く分けてもらっている」とすら語っていた。ロシアと事を構えることは国益に反するため、外交努力を持って友好関係を維持している、とも。

一部報道で、ロシアとウクライナの共同で設立した合弁企業の暗躍のために料金徴収が滞っているとか。正式取材でそんな裏話を口にするわけもないから、その報道の真偽は不明だが、エネルギーを止められればどの国も困ることを分かって供給を止めるのだから、ロシアはやはり「大国」だ。

あらゆる国が欲しがる水もエネルギーも森林も持っているロシア。なのに平均寿命が58歳のロシア。経済成長を決まった財の輸出に頼り、人的開発を怠った国のゆがんだ姿に、開発経済を学んだものとしては興味をそそられる。エマニュエル・トッドの「帝国以後」(2003年発行)を再読し始めた。

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2009/01/13

日経ウーマン連載コラム最新号

日経ウーマンネットで連載中の「国際協力を仕事にした女性たち」。
今回より、タイトル改め、「国際協力最前線」となります。

初回は、これまでご登場いただいた女性たちを振り返ってみました。来月からは拡大リニューアルした「国際協力最前線」を始めますので、今後とも宜しくお付き合いください。

ぜひ、日経ウーマンネットで連載の「国際協力最前線」最新号で、詳細をご覧ください。

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日経ビジネスオンラインにてコラム公開

こんにちは! 吉田鈴香です。

日経ビジネス「NBオンライン」にてコラムを公開しています。

本日1月13日公開の記事は、「農水省改革は国家を動かすか?」です。

農林水産業とは、国土保全、環境、地方自治、法制度改革、税制、消費者保護、労働人口維持など多岐に渡る分野です。その改革を農水省だけに委ねてよいのか?考えてみました。

吉田鈴香の「世界の中のニッポン」では、みなさまから、数多くのご意見をいただいております。

私の所感をぜひご覧ください。そして、ぜひコメントをお寄せください

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2009/01/12

繭玉のお福の面

 私の実家では正月飾りの一つに、繭玉を作っていた。柳の枝についたばかりの餅を繭玉くらいの大きさにして着け、餅の重みでしなった枝にさらにお面など飾りを結んで玄関先におく。1月7日を過ぎたあたりでそれを解体して揚げオカキにして食べる。京都あたりでは「餅花」というらしい。

 ある冬、近隣の町から女性が訪ねて見えたときのこと。女性が玄関の戸を空けた瞬間に、風が一陣家の中に吹き入れ、繭玉が揺れた。すると、繭玉のお福の面が女性の真正面を向いた。女性は、ああこれは嬉しい、と声を上げて喜び、すぐさま一句作った。

  繭玉のお福の面が吾を向く

 正月の風を肌で感ずるたびに、この句を思い出す。

 皆様にも私にもお福の面が向きますように。

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2009/01/08

日経ビジネス「NBオンライン」にておみくじ

こんにちは!吉田鈴香です。

NBオンラインの本日の特集 「2009年を占う NBオンライン執筆陣【御神籤箱】」企画  

にて、

今年1年の見通しを語りました。

ぜひ、私、吉田鈴香の御神籤をひいてみてください。

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2009/01/03

申し訳ない

私がまだ勤め人だったころ、隣のシマに奇妙奇天烈な御仁がおりました。銀座の蝶と同棲し、会社の金を横領し、会計検査のたびに突っ込まれるのに退社しない。奇抜な企画でクライアントから可愛がられていたから。そして獅子舞のような歯を見せながら笑うのです。今の時代ならありえない人物です。

ある日、彼の奇行に私は「あなたは何を思って毎日生きているのか」と問うと、「俺はなア、毎日申し訳ないと思って生きている」と答えた。こんなどうしようもない人間をよく世間は生かしてくれていると思うんだな。という解説でありました。

好き勝手なことをしている人間の口から「申し訳ない」とは意外で驚いたが、素直な私はそれで「へえ」と納得した。今思えば、そんなことを言われると他人はそれ以上追究できないことを承知で私の批判をかわしたのかな、と思わぬでもない。奇妙奇天烈を極めると、社会の中でのポジショニングを取る知恵も、またあるらしい。

しかし、次第に私自身が少し違う意味で「申し訳ない」と年々思うようになってきた。
それは、本当は何かを果たすために生を受けてきたのに私は何も達成していない、これでは私をこの世に遣わしたどなたか(お天道さん?)に申し訳ない。という気持ちである。
無宗教無信心な人間であるが、この哲学(私にとっては哲学)が私を律している。

で、世界情勢と社会の荒廃を見るにつれ思う。

や、申し訳ない

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2009/01/02

あけましておめでとうございます

新年、明けましておめでとうございます!
これを読んでくださった皆様の2009年が素晴らしい年になりますよう、心から祈ります。

今年は世界中が経済と治安の混乱の極みに陥るでしょう。この時代に私も筆によって世界情勢の好転のために貢献していきたいと改めて思います。

いつも私は思ってきました。自分がやりたいことを追いかけていこう、それが世のためになるから、と。それはほとんど「自分がやらねばこの世にそれを現出できない、それでは申し訳ない」という使命感でもありました。しかし、私自身が実行する権限を持たない限り、人を感化、啓蒙するだけでは達成できないことをここ数年痛感するばかりです。今年は実行できる位置を獲得したいと思います。

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