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2008/09/16

『篤姫』に見る、人脈の形成と声と身のこなしの美

 NHKの大河ドラマ「篤姫」を好んで観ている。参考にしたい女性たちの立ち居振る舞い、とくに、立ち上がり方、踵の返し方、座り方、そして声の出し方を、そこに見出せるからだ。座るにも立ち上がるにも、左足を少し引いて上半身が床に対して垂直に動くように重心を移動する。声を出すときは下腹に力を入れて大きくはっきり声を出す。したがって声は低めに、下から前に突き出るように響く。


とくに、島津斉彬の正妻、英姫役の余貴美子さんの威厳ある歩き方は、私も取り入れようと思った次第である。映像の中で動きといえば江戸屋敷内を歩くところしかないのが、このドラマの特徴だ。余さんは一歩一歩を悠然と時間をかけて進め、見せ場にしていた。上座から下座へと一段下がるとき、高く結い上げた髪が御簾に当たらぬように膝を折りながらも上半身は床に垂直。以前、演劇と謡曲の舞台に立っていた私の目にも、彼女は由緒ある家で生まれ育った風情をありありと映していて、適役だった。


 もうひとつ、直接的な権限がないながら政治に関与する知識欲を持続的に持っている女性たちに感じ入るのである。それがあるから、初対面の人にも臆せず意見を言い、反論されれば聴き、また考え直す。「また会おう」などと気楽にいえない立場であるから、一期一会の真剣勝負で人と会う。これぞ、人脈形成の基本だろう。“良い人”ぶらず、存念を相手の目を見て伝える度胸があり、また、相手にしっかり「あなたを覚えました」と伝える。史実が果たしてそうだったか不明だが、これもまた、大いに参考になる。


 時々、誰かを紹介するに当たり、「よい方ですよ」と言う人がいる。こうした紹介の仕方をする人こそ、人脈の何たるかを知らないのでは、と思うことがある。どんな考えで、具体的に何に対してどうかかわっている人か、を伝えるのが、人に関連する情報である。そんなことを反芻しながら観ている。


私はしばしば、感ずるのであるが、現代女性は年齢を問わず、はしゃぐことを“かわいい”と勘違いし、レストランなどではた迷惑なほどに大声で話すことを男性の歓心を買っていると誤解する傾向が非常に強い。老齢の女性ですらそうした行動をとる。生まれてから棺おけに入るまで女性は可愛くあらねばとプレッシャーを受け続け、いつしかそれに従ってしまうため、日本女性の声は総じて甲高く、語尾をわずかに延ばす。外国人男性が日本女性に性的魅力を感じる一因だ。


フィリピンのアロヨ大統領、リベリアのサリフ大統領、高い地位に着いた外国の女性たちは低い声で威厳を持って話す。わが国の女性政治家、閣僚の声を思い出しては、恥を感ずるのである。

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