空間アーティストと呼びたくなる南舘麻美子さん
家から顔が突き出た立体オブジェ。着ぐるみのように顔と胴体が覆われた人間らしい生き物。ヘアスタイルに凝った少年少女の版画。京都・養源院の襖絵のようなタッチで山河と犬とが浮かぶ版画。
7月下旬にシロタ画廊で開かれた南舘麻美子(みなみだてまみこ)さんの初の個展は、見たことのないアートだった。立体(木彫り)と平面(版画)が居並び、どれもヘアスタイルとか、山の稜線とか、表現したい事物の特徴点だけが表されている。しかも、作品群は別に視線を交わしているわけではないのだが、すべての作品が呼応し、会話し、なんらかの関係を持っている風である。描写と説明に相当する描きこみを排除していること、そして、自然と人間世界とが渾然としているところは、まるで俳句のような世界である。アーティストは一つ一つに何かを込めるというよりは、空気で記憶した何かを、空間で表している。やわらかな乳白色の空気が漂っているように感じた。
会場を回るうちに、次第に異空間が頭の中に広がってきた。とある座敷に座って庭を眺め、その向こうに広がる山を見、山を眺めたその目を家の来訪者に当て、来訪者を迎える家族の面々にも当てる。ゆったりした空気…外に向かって開かれた家屋敷の空間だ。人と自然との距離が近く、人が自然の事象物のように存在している。ここまで思って、ふと思った。山の方だって人間サマを見ているに違いない。
果たせるかな、「雪山より覗く」という作品があった。三角お山からニョキッと顔が覗いている立体である。作者の南舘さんに説明を求めると、「山から顔が覗いているんです」とにこやかにおっしゃる。「面白いでしょ」と言いたげである。
画廊のよいところは、作者とじかに話ができることである。しばらく南舘さんと話した。「子どものころ、武士になるのが夢だった」「外国から見た日本と、日本人が想う日本とのギャップに気付いてから、人の外見と内面とのギャップを表そうと思うようになった」「小さいころはあんなに幸せだったのにと思うと、幸せだった時を表したいと思うようになった」「日本人でよかったと思う」
そうか、なるほど、俳句のごとく無駄を省き、訴えたいことだけを抽出したのだな。だから、山なら山の稜線だけ、ヘアスタイルなら首だけ。見る側は、単体で見るのではなく、空間で見るべし。描かれているのは空気、関係(たとえば人と世間の目との、自然と人との、動物と人と自然との関係)。客観的に関係性の把握をしているところに、知性を感じさせる。彼女は「空間アーティスト」と呼んでもいいかもしれない。
「ところで、立体と版画を組み合わせて動画にすると面白いと思うのですが」と切り出してみた。すると意外や、「ええ、10代のときから人形アニメを作りたいと思っているんです。コンピューターでできると思うんですけど」とお返事が。やっぱりそうか。アニメではなく、立体が動くお芝居を作りたいようだ。動画だけではなくグッズや絵本などにも展開できそうなキャラクター群である。
南舘さんの作品たちは、8月29日からホテルニューオータニで展示される。モノクロ浮世絵みたいな版画家、羽田美奈さんとのコラボレーションで、同じ部屋で2人の作品が並ぶのだという。二人とも奇妙だからなあ、並べると非常に相性がいい。日本と韓国の画廊が共同で、「家にアートを置いてみると…」というコンセプトで日中韓のアートを披露する展示会に、シロタ画廊の出展作として出るのだという。
美術館で見るアートではなく、自宅に置いて生活の一部としてアートを愛でるという試み、大いに賛同する。私自身、アートを購入するようになってからは、家に帰るのが楽しみになった。季節の変わり目に飾り換えたりもしている。アートは私の頭を異空間に持って行ってくれ、暮らしぶりを変えてくれた。ホテルの部屋を一つ一つ覗きながら、アーティストの個性を楽しんできたいと思う。
ASIA Top Gallery Hotel Art Fair 08
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